氷上に立ってから2週間後、我々は、マーカム・フィヨルドにてピックアップされ、カナダ政府の気象観測所があるユーレカに渡ることになった。

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マーカム・フィヨルドでケン・ボレック・エアにピックアップされる私達。深い雪に劇的なランディングを見せてくれた。ケン・ボレックのパイロットの腕前は超一流だ!
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ピックアップを受けたツイン・オッター機の窓から外を眺め、改めて我々の決断が正しかったことを実感する。
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ユーレカの気象観測所の入り口に立つステパン
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今年は平年に比べ、雪が多く、風が吹かない。その結果、雪が固まらず、柔らかいままになっている。
そのため、予想していたよりも、まったく進めない日々が続いた。条件が良い日でも一日8kmしか進めなかった。

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先頭に立って歩く大場、ステパンが後に続く。
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マーク・フィヨルドの氷は北極海の様には荒くない。基本的にそこは高い山々に囲まれた平坦な地である。
その地域の景色はすばらしく、極北地域の絶景が広がっている。
太陽はまだ低く、地平線上、山の頂上に浮かんでおり、日中、光は絶妙な変化を見せる。

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対称
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光
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空の炎
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ほとんど問題はなかったが、気温が−35℃から−50℃で寒かった。
この期間、多少の風冷えは経験したが、ほぼ無風状態であった。

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"マスク"
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マスクを使用することは、ごらんの通り、顔の凍傷を避けるためにとても重要である。
ほんの短時間でこのような "氷男"になってしまうのだ!
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ここ2日ほどは−16℃までしか下がらず、まるで夏のようなとても暖かい日が続いた。
何をするにも楽で、いつもより簡単に作業できる。
気温が−35℃以下の場合は、あらゆる動作を綿密に計画しなくてはならい。
それを怠ってしまうと、あっという間に寒さが襲い、痛みを感じるほど凍えてしまう。

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我々はダウン・ジャケットを重宝しており、なくてはならない衣類であるが、行動中に使用すると、中が氷りだらけになってしまう。
そのため、休憩時間や夕方キャンプを張るときのみ使用することにしている。
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我々は常にお互いの顔に凍傷がないかチェックしている。
少しでも油断すると、鼻や顎が白くなっているのさえ気づかない。
顔、指そしてつま先は特に気をつけなければならない。
行動中であっても手や足を温めるのにかなりの時間がかかる。
暖かさを保つには絶妙なバランスが必要となる。
歩いている時はアウターの下に数枚の薄いレイヤーを着込むだけで十分で、
暖かくしすぎると、汗をかき過ぎてしまい、行動を止めた途端に、その汗が氷となってしまうからだ。
昼休み休憩時には、ダウン・ジャケットを上から着込んで体を暖めるが、
一日の行動を終えた時は、必ず氷を取り除いてから、上着を着る必要がある。
そうしなければ、中の氷が溶け、上着が濡れてしまい、それがまた氷としまう。
再度、体が冷え、体温を奪われ、凍えてしまう原因になってしまうのだ。

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暖かかった時期、"おしゃれして夜遊びの準備をする"ステパン
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数日間、深い粉雪地帯を前進し、我々は、ついにマーカム・フィヨルドの南端に到着した。
その当日、完全なホワイト・アウトに見舞われ、風は追い風の北西風であった。
この周辺は、たくさんの氷山やその断片、スノーブリッジ(クレバス上の雪の橋)、割れ目などが顔をのぞかせている。
このような地理的条件に加え、光が乏しく、視界が悪い中、前進を続けてゆくことは、極めて危険である。
周囲を把握し、方向を定め、進んでゆくことは難しい。
例えば、前方に小さな丘が見えたとしても、それが氷山なのか、山なのか見当が付かないのだ。
この日、我々は、恐ろしい経験をした。ソリを氷上に "駐車"し、丘に登ってみたのだ。
視界はゼロだったが、風向きで方向を定めることができた。
何とか丘の上もしくは、回りを通るルートを見つけ出そうとしていたのだ。
私は、先頭者のすぐ後ろ2、3mを歩いていた。その時である。
突如、私の前を歩いていたチームメートが消えたのだ。
私自身は、ストックを使い、注意深く、前方の雪面を確認しながら、前に進んだ。
幸運にも、彼は2、3m下の柔らかい粉雪の上に落ちただけで、無事であり、装備にも問題はなかった。

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下をみると、氷山から落下したチームメイトを発見。
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今回の出来事は、今後、状況を一変するような危険が起こりうることを示しており、細心の注意が必要であることを再確認した。
常に忘れてはならないことは、自然に挑戦して勝つことはできない、我々ができることは、自然に逆らうことなく、順応してゆこうとすることだけである。
その後、我々は、辺りをしっかりと調査してから、テントを張って、今後の計画を立てることにした。
場所は丁度、山の尾根にあたり、地図を見ると、山を越え、抜けてゆく、可能性のあるルートが2つ見つかった。

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山の尾根でキャンプの準備をしているステパンと大場。
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次の日バックパックと必要な装備だけを持ち、昨日地図上で確かめたルートの探索に出かけた。

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ルート探索をするステパンと大場。両端は氷山である。
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この辺りはたくさんの砕けた氷がある。美しい氷の芸術ではあるが、同時に危険でもある。注意が必要だ。
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暗くなっている部分は、オープン・ウォーター(海水面)であり、薄い氷が張り、その上に雪が降り積もっている。背後には砕けた氷が見える。
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不運にも、可能性のあった山に通じるすべてのルートは、すべてブロックされていた。今回のエクスペディションは、本格的に登山や氷河を歩くための準備をしていないのだ。

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右の氷河と左の山の間に"高地"に抜ける2、3kmのルートを発見した。
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我々はこの状況を打破すべくチームで解決策を話し合った。
もし、そのまま山に入っていたら、おそらく数キロメートル進むことはできていただろう。
なぜなら、地図上ではかなり実現可能であるように思えてからだ。
しかし、理論的には可能だろうが、実際にはかなり危険である。また、その先は、地図上でさえ、かなり危険に見えた。
もし決行していたらそこで大きな困難にぶち当たっていただろう。

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地図上にはないが、この様な氷と雪の尾根がたくさんある。下から上までの標高差は30〜40mもある。
今回は、下りであったのでよかったが、上りであったら100kgもあるソリを担ぎ上げなければないので大変なことになっていただろう。
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すべてが順調に進んでいれば問題はない。しかし、一度問題に直面した場合、自分たちで解決できなくてはならない。
なぜなら外部からの救助に頼るわけにはいかないからである。例えば、隊員の1人が氷河の割れ目に落ちたとする。
直ちに彼を助けるための救援道具が必要になるが、この厳しい環境下では、運がよくても、2、3時間しか、時間的余裕がない。
しかも、このようなケースでは、大怪我をしてしまっている場合が多い。そんな時、応急処置の医療器具が必要になるし、また病院までの緊急避難が必要にもなるだろう。
しかし、外部からの救助隊がこちらまで到着するのに、その時の天候や事故現場の位置に左右されるが、数日間から一週間もかかってしまうのだ。

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とんでもない大きさである。巨大な氷りと雪の世界では、私はとても小さな人間だ。
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ルート探索
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一度滑ってしまえば、奈落の底にまっしぐらである。
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ルート探しにソリは持っていかず、バックパックに必要な機材や食料だけを積めて行った。
こんなに軽くしていても、なかなか高地には入り込めなかった。
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今回、我々は、登山ではなく、スキーによるエクスペディションを想定していたため、山岳地帯は回避するのが賢明だと判断した。
エルズミア島は丘陵地帯、クレバス、氷河など危険なところが極めて多い。
もし決行していたのであれば、その目的にかなった別の特別な装備が必要であったし、
そうであれば、すべての時間を費やしてでも、今我々がいるユーレカにたどり着くために、全力を尽くしたでしょう。
また、そのまま山岳地帯に入り、前進を続けていたら、食糧や燃料、装備の空輸が何度も必要になったことでしょうが、
山岳地帯ということもあり、それはとても難しかったでしょう。
ピックアップされた地点からユーレカまでの直線距離は、全行程4000kmのうちの約500kmです。
山岳地帯に入り込み、補給が受けられないという危険を冒すよりも、旅を続けてゆくことを選択したわけです。
我々一人一人は、このプロジェクトの成功を心から望んでおり、一旦ピックアップを受け、
次の目的地に運んでもらい、そこから旅を継続させることが、最善の策である、と決断しました。
スケジュール的に多少の変更はあれど、この決断が、最も安全で賢明であると信じております。

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決断後、2日かけてきた道を戻り、飛行機が着陸できそうな場所を見つけた。
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エクスペディションには危険は付き物である。様々なことが起こりえ、その時の状況に応じた判断を下さなくてはならない。
すべての起こりえることを予想することは不可能であるが、複数の対応策(プランA、B、C)を事前に用意しておくことが必要である。
実際に対応する際は、落ち着いて、感情ではなく、頭で考え、常識を持って判断することが大切である。
場面に応じたいくつかの決まりごと・行動計画を立てておくことも重要である。
例えば、救助を要請する時はどんなときか、エクスペディションをストップする状況はどんなときか、など。
この世の中、生命の危険を冒してでもやる価値のあることはそんなにない。
多少の計画変更で、旅を続けることのほうが、すべてを犠牲にして危険を冒すことよりも、よっぽど賢明であると思っている。
現在、チームのモチベーションは高く、南へ向かって旅を続けることに燃えています。
プロジェクト関係者の皆様、サポーター、スポンサーの皆様が、今回の決断をご理解してくださり、
引き続き「地球縦回り一周の旅」を応援してくださることを願っております。
これから続くすばらしい旅の感動を皆様と共有できることを望んでいます。これからもよろしくお願いいたします。

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ワンダーランド
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困難はいつも付き物…
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…頂上に到達するまでは
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ホヴァード・スヴィダル‐ホーガン
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